明日もきっと崖っぷち

デジタル家電やガジェットの使用レビューを書くつもりが、最近艦こればかり。

軍艦防波堤(響灘沈艦護岸)を訪れた記録

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「艦これ」にハマった延長線で、2017年11月に今も軍艦に触れられる軍艦防波堤を訪れた。
行き方に困ったいきさつから、現地で見聞きしたことやポイントを交えながら備忘録がてら残しておこうかなというゆるい記事です。
※相変わらず画像データが多いので通信量に注意。

軍艦防波堤とは

福岡県北九州市にある。博多駅から北東、小倉駅から北西方向の港に存在する。正式名は響灘沈艦護岸。

予習するために参照した主な情報。

軍艦防波堤 - Wikipedia
概要など。
北九州市若松区 「 軍艦防波堤 」 - 「 九州 ・ 沖縄 ぐるっと探訪 」
防波堤の歴史についても記載されている。
北九州市 響灘沈艦護岸 |軍艦防波堤 | インサイドアウト株式会社
ドローンによる空撮映像が掲載されている。新鮮。

アクセス

最寄りの筑豊本線 若松駅から行くと以下のようなルートをたどる。

後述の通り公共交通機関を使うと不便で高くつく点や、現地へ行ったところで軍艦以外に殆ど見所が無い点から、可能なら自動車で行く方が良さそう。

公共交通機関で行く方法

以下が公共交通機関で行くと不便な理由ですが、つまるところ、時間とお金がかかる上に防波堤以外の観光地があまりないという手間対効果が低いところ。

  1. 博多駅小倉駅などの新幹線ターミナル駅から乗り換えて行く必要がある
  2. 防波堤の最寄り駅(若松駅)へ行く筑豊本線は約30分に1本しかない
    1. JR九州/駅別時刻表
    2. 鹿児島本線で来る人は戸畑駅を使うようですが、位置的に小倉駅から来るのと大差なさそうな感じがする
  3. 防波堤付近へ行くバスがない
  4. 若松駅から歩いて行こうとすると片道約90分かかる
    1. 徒歩で7.2km 約90分 Googleマップでのルート
    2. 道中は途中から殺風景な地帯になるため、他に見所がなくて暇になる
  5. 若松駅からタクシーだと約10分・片道2,300円程度かかる

とはいえ私は自動車免許を持っていないので、あくまで公共交通機関で軍艦防波堤を目指すことに。

交通費の例

結論、前後の予定の都合で熊本駅からこんな強行軍(ルート)で行きました。

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乗車地と降車地 交通手段 費用
熊本駅小倉駅 新幹線さくら 6,990円
小倉駅若松市民会館前 若松営業所行バス 370円
若松駅前→軍艦防波堤 タクシー 2,270円
軍艦防波堤→若松駅 タクシー(後述の割引適用) 2,270円
若松駅折尾駅 筑豊本線普通 280円
折尾駅博多駅 特急ソニック 940円
博多駅熊本駅 新幹線つばめ 4,930円
- 合計 18,050円

防波堤滞在時間(30分)を含めて合計5時間弱。
駅へ戻るタクシーは往復で乗ってくれたことに対する運転手の好意で値引いてもらったのですが、具体的な額を書くのは失礼だと思うので行きと同じ額にしてます。
もはや狂気を感じる強行軍ですが、なかなか九州へ来られないのでこの機を逃すのはもったいなかった。
九州新幹線なしでは無理でした。

今回、移動距離と金額のパフォーマンスが悪いタクシー代を極力減らすために、ひとまずは若松駅を目指した。
電車だと乗り継ぎが悪かったため路線バスを併用。見知らぬ地方でいきなり路線バスを使うのはハードルが高いように見えますが、幾つか時間をズラして乗換アプリで予定を立てるとちょいちょい出てくる程度にはメジャーなようです。
まぁ、困った時は小倉駅の観光カウンターにすがるつもりでした。

小倉駅からバスで若松市民会館前(若松駅付近)へ

若松駅方面へ向かうバスは、新幹線口を出て正面の階段を降りた「フェリー」乗り場に隣接している。 f:id:zacharylion:20171205123419j:plain f:id:zacharylion:20171205123421j:plain

便数は筑豊本線同様さほど多くないため、事前に計画を立ててから行かないと時間を損します。 f:id:zacharylion:20171205123422j:plain

目指すは「若松市民会館前」バス停。 f:id:zacharylion:20171205123423j:plain

道中若戸大橋を渡るため、最前列か座高の高い座席を選ぶと眺めが良いです。
15分程度乗ると目的地の若松市民会館前へ到着。

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ここからタクシーを拾うために若松駅へ向かいます。徒歩2分程度。

操車場跡地

この記事の趣旨からは離れますが、若松市民会館前バス停の反対側に蒸気機関車が見えたので立ち寄ってみた。
かつてあった操車場の石碑と蒸気機関車が飾られている。

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感想:ほったらかしすぎ

観光誘致で安易にSL設置するとリターンに見合わない維持費で潰れると言いますが、雨よけの屋根すらないのでそもそも維持する気すらなさそうな惨状。
立派な碑文に言わせれば日本一の貨物取扱量を誇った栄光をたたえているようですが、少なくとも絵的には、エネルギー資源の移り変わりで栄光を失い朽ち果てた衰退の証にしか見えない・・・。

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のっけからテンションを落とされて若松駅へ向かった。

若松駅からタクシーで軍艦防波堤へ

私的なポイント

  • 滞在時間が短いなら、行きのタクシーで帰りも乗せてもらえないか相談してみる
  • 心配性なら事前にタクシー会社を検索しておくか、若松駅の駅員に聞いてみるなりすると良いだろう

操車場跡から若松駅へ歩き、客待ちタクシーに乗車。
回遊中のタクシーを拾えそうにない地域だったため、とりあえず人が集まる場所に行った。

こんなルートで行きました。

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道中、運転手のおっちゃんから「数日前も軍艦防波堤へ若者を乗せてて、若い人が続くのは珍しい」と話しかけられた。
素直に「自分は大戦中の軍艦を扱ったゲームに防波堤の船が実装されたから一度現場を目にしたくて来たんですけど、もしかしたら同じような人がここのところ多いかもしれません」と説明たところ、そこから話に花が咲いた。
地元出身おっちゃんと潜水艦映画の話で盛り上がり、40年以上前の防波堤のことも教えてもらえ、結果的として防波堤の周辺環境と歴史も含めて眺めることができた。

滞在時間が30分しか確保できないので帰りのタクシーを呼ぶ番号を教えて欲しいと頼んだところ、待ってるから見てきなよと言われて好意にすがりました。ありがとうおっちゃん。

タクシーを降りてみると目的地は眼前だった。駐車場の部分や手前側に涼月がいる模様。

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軍艦防波堤

そんなわけで以下にパシャパシャ撮影した写真を掲載。

防波堤の案内板

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掲示されている看板。ちゃっかり大和ミュージアムの名もあった。

ちなみに、Wikipediaによると公文書上の「涼月」は「涼」(さんずい)らしいが、戦友会などでは「凉」(にすい)らしい。どういうことだってばよ。

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防波堤の説明

昔の防波堤周辺の様子

くだんの運転手のおっちゃん曰く、若い頃は海を泳ぐかボートに乗って軍艦防波堤へ行ったということだった。
駆逐艦を防波堤にする位なので波は強く、水難事故もあったそうで。ただ、アクセスが難しい分海産物(サザエなど)が豊富で、採集したものをそのまま駆逐艦の上や周囲で調理して食べていたらしい。当時は今よりも構造物が残っていたようで、中身も見られたそうな。

そこから当時の様子が気になったため、Googleマップで過去の航空写真などをピックアップしてみた。
ちなみいここから見られます。Googleマップを使って過去の地形図や空中写真を見る

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1961年〜1963年の航空写真では3隻の艦影が確認できる

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1975年の航空写真では今に近い姿へ様変わり

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1961年〜63年の地図。おそらく下から「柳」「涼月」「冬月」で、大きさの違いも分かりますね

ちなみに他の年代の地図を見ると昔は信号所もあったようです。
三隻を埋めるきっかけになったらしい台風の情報は気象庁に掲載されていた。今でも大きな被害を受けるであろう強さ。

第二室戸台風 昭和36年(1961年) 9月15日~9月17日

桃型駆逐艦「柳」

艦歴。自分も初めて軍艦防波堤を知った時は二代目(松型駆逐艦の「柳」)と勘違いしました。

柳 (桃型駆逐艦) - Wikipedia)

ちなみに、2000年頃に「柳」が崩壊しかけた時の記事もありました。当時の努力によって今の姿を維持出来ているようです。

軍艦防波堤!崩壊の危機
軍艦防波堤2001年

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正面

主に第一次世界大戦で活躍した駆逐艦のため小型(80m程度)であり、艦これで接している秋月型(130m程度)はもちろん神風型(100m程度)よりも小さい。

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2000年頃一度崩壊したけど直されたらしい艦首周り

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中が露出している側面部

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剥がれ落ちている箇所もあった

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艦尾側。相対的に沈み込んでいる。

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艦尾側から見た艦上

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乗せられているコンクリートブロック

台風で吹っ飛ばないように置かれてるのかな。

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隣接するブロックから撮影してみた

秋月型駆逐艦「涼月」「冬月」

艦歴。

涼月 (駆逐艦) - Wikipedia)
冬月 (駆逐艦) - Wikipedia)

前述の過去の航空写真で姿を確認できるが、現在はコンクリートの下。
その場所も一部は自由には立ち入りができない。

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(再掲) 三隻の位置

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(再掲) 1961年〜1963年の航空地図 (上から「冬月」「涼月」「柳」)。案内板と地図は基準とする向きが逆です

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「柳」から反対の向き。「涼月」は光景の真下にいる。

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まっすぐ進むと途中から立ち入り禁止区域。

「柳」との高低差が気になったりしますが、少なくとも似たり寄ったりなボロボロの状態なのでしょう。
諸行無常の響きあり。

ゴミが多い

一応近代土木遺産なので、もう少し気を遣ってあげてほしい。

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雑感

滞在時間約30分で、言ってしまえば「たったこれだけ」という感想も抱いてしまう場所ではありました。
ただ、艦これをプレイしてその起源との接点が欲しい人ならば、艦これより古くともかつての駆逐艦に触れることまでできるのはレアな体験ができると言えます。
(それでも、まずは呉の大和ミュージアムなどを訪れる方が王道だとは思います)

また、普段は釣り場という認識が強いせいか、私がじろじろ見て回っていたら釣り人も看板と船を見始めてたりしていました。幾らコンクリートで周囲を固めてもいずれ朽ち果てると思いますが、近代土木遺産に入っているものなので、綺麗に扱って欲しいと思いました。